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2014/07/01

Phillips 58





沖縄の夜には、野良犬や猫、ホームレス、野生児が何処からとも無くワラワラと現れた。

深夜に海辺の公園で遊んでいたら、茂みから子供が飛び出してきて、僕に飛び付いた時はビビッたな。

その子の写真はないけど、シゲトって男の子で、小学3、4年生だった。

片親で、母親はフィリピン人で夜働いてるから、1人で家にいるのが怖くて出てきたそうだ。

別れ際に、可哀想だったから、電話番号渡して、近所だし、いつでも遊びに来いよって言ったら、

しょっちゅう、夜に遊びに来るようになった。

そんで、毎日、シゲトの母ちゃんから電話もあった。


シゲトのおかん 「シゲトいるか?お前、いつも、ありがとな!」


あのキメ文句は最高だったな。







R. Kelly - Ignition







写真の一番上の青年は、フジタヨシオ A.K.A. ヨッシー

ヨッシーは、この頃20歳で、大阪から遥々、一年間やり取りしたメル友に会いに沖縄にやって来てた。

大阪から会いに来るって事は、そーとーいい女なのか?って聞いたら、写真も見た事ないと言う。

沖縄に来たはいいが、メル友の女は一向に会う気を見せない。

そんな悶々した日々が1月くらいあって、いよいよ待ちに待った、決戦の金曜日が来た。


その日の夜、僕らのトコに遊びに来たヨッシーの表情はドッキリに引っかかった芸人みたいだったな。

「どーだった?」って聞いたら、

ヨッシー 「はぁ、チビで、デブで、めっちゃブサイクでした。はぁ~。どうしよー?」

僕 「くわっかっか、そーか、そーか、そりゃ残念だったな、また来世で頑張・・」

ヨッシー 「でも、中出しして来ました。」

僕 「なんでーやねーーーーん!!?」

これだから大阪人は面白いよね。





手前がパッチ、真ん中がヨッシー、その奥に寝てるのがメル友

この写真の時、ヨッシーは海で はしゃぎすぎて鼻血が出たんだ。


ヨッシーは、出会った頃は、尾崎豊が好きで、タイトなジーンズに無地のTシャツを着て、

なんだか、やたらと影をアピールしてきて、暗い感じだったんだけど、

ある時、僕が家でかけてたRケリーのスローなR&Bに食いついて、

その4日後には、髪をマルコメにして、Bボーイになってた。

それから、ケリー・ローランド、当時流行っていたネリーと聴き進み、

とうとうB系専門の洋服屋で働いた程だった。

夏休みが明けたら不良みたいな、人が変わる瞬間を見れた貴重な体験で、面白かったな。






一番左にいるのがヨッシー。その隣がメル友のコナツちゃん。

2人はこの後、子供が出来て、めでたく結婚した。

ヨッシーは友達の中で、一番何を考えてるのか分からない奴だった。

でも、結婚しちゃうんだもんな、本当に大阪人は面白いよね。






マコトはリッパの同級生で、ピースサインの通り、すげーいい奴だった。

それで、好きなモノやコトが多すぎて、それらに見放されてしまいそうな感じが、

他人に思えない奴だったな。今でも時々、「心配してます!」って連絡が来る。






この女の子は名前なんだったけな?

リッパがずっと好きだった子なんだけど、

右側のジェイソンに獲られそうだね。







左からタクト、ローレン、アマンダ、僕、

タクトは小説家を目指す文学青年だったけど、

毎日ドラッグをツマミに酒飲んで、高田渡とか、友部正人とか、

クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとか、ボブディランとか、

カスれた様な音楽聴いてる変態で、両親は2人とも学校の教師だった。

ドラッグのやり過ぎで、精神疾患になって、障害者手帖みたいなのをもらってた。

「でも、医療費が安くなったよ」って喜んでたな。バカだったな。

両親が先生の子供は、糞真面目か、すっ飛んでる人かのどっちかしか会った事がない。

だから僕は、教師ってのは何かがズレてる特殊な人種なんじゃないかって思ってる。






ここは、4軒目の我が家で、宜野湾市にあるパレス比嘉ってアパート。

この日は台風で、5階の部屋から階段下りて、車でスーパーに行って、

帰って来ただけでなのに、こんなにビタビタだった。

風が凄いから、階段はカエルみたいに這って上り降りした。本当に、






アパートの近くには、新町社交街って名の赤線エリアがあった。

今はもうない。

赤線ってのは、ちょんの間ってゆーか、売春街なんだけど、

それが住宅街の中に商店街みたいな感じで存在していて、

すぐ横に小学校があった。風営法もなんのそのだ。


僕はアパートに、転売する為の車を停めてたんだけど、

ある時、車の上に小学生が6人くらい腰掛けて遊んでた。

僕の商品が、こりゃ大変だと思って、

スパンスパンと子供らの頭をシバくと、「くるすど!」と凄まれ、

あわや、小学生たちに袋叩きにされそうだった。

まるでブラジルの子供達みたいで、

ちょっと、本当に怖かったな。

でも、あの環境じゃ、当然だよね。

沖縄には、ヤクザと右翼と、創価学会がとても多かった気がする。






写真の女の子はリカちゃん。リカちゃんとは、クラブで友達になった。

18歳だって言ってたけど、今見ると16、7に見えるね。


リカちゃんは、彼氏の実家の会社が倒産して、その家の借金を返済する為に、

彼氏に、馬車馬の様に働かされてた。彼氏は体調を壊していて無職らしかった。

「最近、ソープランドは給料がいいらしー、どうだ?って言われるんですぅーくぅー」

と言っては泣くもんで、リッパが我慢出来ずに、

「お前、それ、騙されてるよ。」

と言って、リカちゃんは発狂してたな。


僕が軽い気持ちで、 「嫌なら逃げればいいじゃんない?走ってさ、」 と言ったら、

そーする事になった。どうせならアメリカに行きたいって言うから、






丁度、カリフォルニアに帰るコーリーを紹介した。

コーリーには、僕と同じ歳の娘がいるらしくて、完全に僕は子供扱いされてた。

この写真は風邪で調子が悪いって言ったら、頭をグリグリされて、

「痛ぇー、痛ぇー、」言ってたら、ぐへぐへ言って満足そうに笑ってたな。


悲劇のヒロイン・リカちゃんの話をコーリーは快諾し、一件落着した翌日、

「あ、でも、あたし、パスポート無いです、パスポート。」

となって、行き先はぐっと身近な大阪になった。

逃げる日、みんなで空港まで見送りに行った。

そしたら、リカちゃんが、僕のお気に入りのバーバリーのバッタみたいなニットを

「餞別に!お願いします、餞別に!」

「えー、嫌だよ、お気に入りなのに、えー、」

ってやり取りをしてから取られた。

あぁ、何故、僕の1度も洗ってないニットよ。



その後、リカちゃんはどうしたかな?

あのニットも虫が死ぬほど臭かったはずだから、

飛行機の中で死んだかもしれないな。



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