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2017/06/22

a Time of Suicide Club





梅雨ですね。何か余計な事をウジウジと考えたりしていませんか?

脳みそにカビが生えるので注意してくださいね♪









きのこ帝国 - 春と修羅








何か余計な事を考えたりして、夜眠れなくなる事があるらしい。

僕にも人並みに思い悩む時があるが、生まれて今日まで眠れなかった事がない。

眠ってる場合じゃないよーな、人生において重要な時でも快眠で、寝過ごすくらいであった。







職場で、僕を含める何人かが屈折し過ぎているって理由で、非難されてたりして、

いやいや困りましたねぇ、わはははは、なんて話していたら、

確かに僕らは屈折してますけど、林さんは何かが決定的に欠落している気がしますけどね。

と、一緒にしないでね。と言わんばかりのカミングアウトをされて、

僕は少し恥ずかしい気持ちになった。







いい機会なので、僕も今まであまり人に話していない事をカミングアウトすることにした。

あれは20代の前半の頃だったろうか。

僕は自殺サイトの掲示板でオフ会を開いた事がある。







その頃の僕は言うなれば好奇心旺盛で、

多分、自分は特別な何者かで、崇高な何かの目的に向かっていて、

尚且つ知識と体験の間には深い隔たりがある事に気が付いていて、

何事も行動する事が重要であると信じていた。







屈折していて、灰色の青春ではあったが、

僕の目の前にも思春期の若者たちと同じように、生きる意味とはなんなんだい?

と言う、第一の壁がどどーんと現れたのだ。

素晴らしい。







映画の中ではしばしば、生と死は同義に語られる。

僕は間もなく宇宙の電波を感じて、

人間の死ぬ現場に立ち会ちあう使命を受信した。

そう人間がおっちぬ有様をこの目で見て感じる必然性を感じたのだ。







それは、病死だったり、交通事故死であったり、不慮のものではなく、

純粋なスイサイドか、情熱的なジュノサイドでなければならなかった。







当時はすっかりインターネットが普及していて、インターネットは今よりもまだ無法地帯であった。

闇の職業安定所みたいなのが流行っていて、そのなとこで知り合った人達が、

行き当たりばったりで犯行に繰り出す事件が度々ニュースで流れていた。

しかしそんなトコには、例えば仇討ち的な、純潔な目的の募集などある訳もなく、

何しろ、高確率で懲役刑になりそうなので僕はそのサイトを閉じた。


当然、自殺してる奴の横でとめもしないでウンウン頷いていたら、

自殺関与・同意殺人罪とかになるんだろうが、

そんなのは闇金融屋の為にある様なモンなんだろうから、大した事にはならないだろうと思ったのだ。

そんな訳で僕は自殺サイトでおっちぬトコを見せてくれる奴を探す事にしたんだ。






よく覚えていないけど、自殺サイトは無数にあった気がした。

サーフィンしてるうちに、古谷兎丸先生の自殺サークルって漫画を原作にして、

園子温が監督で映画をやる時に作った廃墟ドットコムってサイトにたどり着いた。


僕は園子温は演劇団の色が濃すぎで、演出が胡散臭いし、

映像にこだわりを感じなくてダサいから好みじゃないんだけど、

古谷兎丸先生は屈折界のホープのような人だと思ってファンだったので、そのサイトに落ち着いた。







今、思い出すと、本当に馬鹿だなぁと思う。

同年代の友達が出会い系で必死になってブスやつまらない女と出会おうとしている時に、

僕は今にも自殺しそうな奴らとメル友になってるんだからね。

毒とか練炭とか、首つりとか、飛び降りとか、完全マニュアルとか、

そんな話をしながら、本当に死にそうな奴を探すんだけど、

これが、なかなかいないもんなんだ。

時々、ラリパッパになってる奴が、ロレツの回らない文章で、

みもなて死のッ!

みたいな募集をしてたりして、

僕もバカだから正直に、「見に行っていい?」って聞くと

「そぺぱちっと、だめこもう」みたいに断られたりしていた。







そう言えば、村上龍の小説でも、本当に衰弱している奴は自殺しない。

自殺するには体力がいるから、本当に自殺する奴は一見すると元気そうな人なんだって書いてた。

こう言っちゃなんだが、そのサイトもウジウジ言ってるだけで、

何も起こらない様な無限のウジウジループが繰り広げられていたんだ。

僕はある日、廃墟ドットコムの掲示板で

オフ会しよーやで!とぶっこんでみると、

結構盛り上がって、20人からの参加者が集まる事になった。







ワクワクして繰り出した約束の地、新宿に現れたのは4人であった。

一人は僕が連れてきたクリマル君ってやつだったから、実際は3人だ。

1人はゴスロリルックの女子高生のグリコちゃんって子で、

もう一人は、とても健全そうに見える大学生だった。

グリコちゃんは、

「まぁ、自殺したいとか言ってる奴らなんて、こんなもんですよ。」

と言って笑った。







僕らは居酒屋で、グリコちゃんが「一応、」と言って持ってきた、

ハルシオンとベゲタミンを1つづつ飲んでから乾杯した。

大学生は、「僕は、全然、自殺とかする気ないです。」と言ったが、

村上龍の理論では、僕とあの大学生が一番自殺する確率が高かったのかもしれない。

グリコちゃんは、物心ついた頃から体中をウジが這い回る幻覚が見えるそうで、一般生活が大変だと話してくれた。

僕はどうしても人がおっちぬのを見たいんだって言って、

クリマル君は僕に「お前はほんまにアホやわ。」と言った。

大学生は卒業論文のテーマが決まらないと言って、首を捻った。






2時間もしない内にベゲタミンが効いてきて、みんなしゃべらなくなった。

睡眠薬と酒のミックスは、眠気と覚醒の間のフワフワ感を楽しむモノらしいのだが、

僕たちのような健康な素人に睡魔のコントロールなんてのは出来るものではない。

僕なんかは覚醒剤を試した夜だって、ぐっすり眠れた事があるくらいの、のびた体質だ。

それを察したグリコちゃんが、「では。また?」と言ってお開きになった。







僕とクリマル君は、無言で新宿の街を通り抜け、中央線に乗った。

中央線は、まるで戦場で兵士が輸送される列車の様に陰気だった。

僕らは立っていたが、眠くて眠くて、立ったまま寝たり、びくっとして起きたりして、

フラフラしながら、僕の実家のある東小金井に向かっていたのだが、

途中の三鷹でクリマル君が「×××!」と何か言いながら降りて行くのが見えた。







僕がハッとして、後を追うと、クリマル君はホームのベンチにプロ野球選手の様に頭から滑り込んだ。

ウォレットチェーンがプラスチックの椅子に擦れてガシャンガシャンと音がなっていた。

僕は何だあれは?と思った次の瞬間、あぁ、なんだ、家に着いたのか?と思い、

隣のベンチに僕も頭からスライディングして眠った。







程なくして、駅員に起こされて、ホームから出された。

僕らは家までの少し遠い道を無言で歩いた。

歩きながら僕は、僕の人生にはきっと、自殺とか、殺すとか、殺されるとか、

そんな大袈裟な事は起こらないのだろうと、

僕の人生は映画にならないのだろうと、

何故だかとても感じて、虚しい気持ちになった。







その後僕は、以前からサイトで知り合っていた14歳くらいの男子中学生と、

「今日こそは近所のマンションの11階から飛び降りようと思ったんですが、またダメでした、」

「そーかい。でも、自殺する勇気があるくらいなら、君の事をいじめる奴らを、

毒殺でも爆殺でもしてやればいいじゃないか?」

とか、それが出来ないのだろうと思いながらも、

ありきたりな言葉で励ましながら、メールのやり取りが少しの間続いた。

僕なんかしか頼る相手がいないのかって思うと、可哀そうでなかなか無視できなかったんだな。

結局その男子中学生がそれからどうしたのかは知らない。



インターネットのオフ会に参加したのはそれが初めてで、以降も無い。

もしあの頃に、誰かがおっちぬのを見ていたら、僕の人生は変わっていたのだろうか?

今となってはわからないね。




tomohiko hayashi
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