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2011/10/12

The end of the Tokugawa shogunate



秋だから!と言う訳ではないが、読書感想文を書く事にしました。



僕は何を隠そうあずみファンである。

ところが、「あずみ」がモンモンと不完全燃焼のまま終わりやがって、



AZUMIに続くと言うから、まぁファンだし、「小山ゆうさんよ、また幕末かい?」と仕方なく読む訳である。

何故に仕方なくかと言えば、僕は幕末史を避けて来たからであり、強いて言えば、

①幕末史には「流行りモノ」の臭いがプンプンする事

②幕末好きに熱血な人が多い事

が主な理由であった。




アホな友達の部屋に偶々転がっていた漫画雑誌、月刊アフタヌーン「爆音列島」を知り、高橋ツトムに興味を持った。




高橋ツトム作品の中で、「士道」が無視出来なくなり、読み始めてしまった。

新興宗教団との戦いを描いた、ただの時代劇と思いきや、気が付くと主人公は幕末期会津藩士になっていた。


・・・・・・・・。



とうとう、我が家にも幕末ブームが到来したのである。

 「いらっしゃい!」 

幕末史の何がそんなに魅力かと言うと、写真が残っていて、実際のやらかした見る事が出来るからである。和洋折衷の何とも言えない服装雰囲気だけでドラマチックだし、

 勿論、その日から僕も熱血である。 




熱血なので、押し付けがましく説明をします。※

その頃、大航海時代を経て、ヨーロッパ先進国では植民地ブームです。

なんと、未開の土地早い者勝ちなので、みんな必死です。

既に、アフリカや南米、アジア、やりたい放題奴隷にされてしまいました。




 1840年には、イギリス中国国土にアヘン(当時、既に違法の麻薬)を広範囲にバラ撒き、国を弱体化させ、戦わずして植民地化すると言う、センセーショナルな事件が起こったのである。超怖ぇー 




日本が、オランダ、フランス、イギリス、アメリカ、ロシアの不良に、尻の毛まで毟り取られるのは時間の問題なのであった。






1853年 一番にしゃしゃり出て来たのはペリー率いる黒船でやって来たアメリカンヤンキーであった。

徳川幕府は外国の軍事力を見て「こりゃ、無理だぜ!」と言う事で大人しく属国化路線を決定。それに対して「幕府の腰抜けやろーが、それなら天皇担ぎ上げて、外国に徹底抗戦してやるぜ!」と言う尊皇攘夷派の対立が始まったのである。

しかも、あまり派手に国内戦をやると、国力が低下し、諸外国の思う壺と言う事情もあって、さぁさぁ、こりゃ大変盛り上がってまいりましたね。


多分、当時の日本人はとても好戦的民族だったんだろうと私ゃあ思ったさね。




 僕が最初疑問に思ったのは、260年続き、最早、常識の様な存在であった徳川幕府を、田舎の小藩のイメージである、薩摩藩(現在の鹿児島)や長州藩(現在の山口)の革命どの様にして成立したのか?と言う事で、長州藩の吉田松陰高杉晋作について語られている司馬遼太郎の「世に潜む日々」


封建社会の建て前の中でも、殿様や、カリスマ的指導者だって時代の空気を読まなくては家臣に暗殺されてしまうのが当たり前な、不安定な空気感がとても面白い。




松蔭先生は兎に角、決死であり、熱血である。

例えば、「オーマイ・ゴット!」なんて言うシュチュエーションに遭遇したとしたら、日本男児ならば代わりに「おぉ、松陰先生!」と言う事にしたいである。




高杉晋作は司馬遼太郎曰く、幕末期、西郷隆盛など、他の名を馳せた人々が政治家であったのに対し、高杉は唯一の革命家であったそうで、別格にかっこいい。






高杉さん作詞/作曲の都々逸(ドドイツ)


日本の武士と言う身分は外国の軍隊にあたるポジションであるが、外国と比べて武士人口割合が非常に多いのが特徴だそうだ。なので多くの下級武士は、藩から貰える給料では生活が困難であり、野良仕事をしている訳だが、すると貧乏武士には、では、武士と農民とは何ぞや?と言う葛藤が生まれたりして、そのプライドを保つ為に勉強をし教養を身につけたり、センスを磨いて詩句を嗜んでいたようだよ。





長州藩士 桂小五郎(木戸孝允)




桂小五郎 山口尚芳 岩倉具視 伊藤博文 大久保利通




幕府側の外国大使護衛の任務についていた伊武谷万次郎が出てくる、手塚治の「陽だまりの樹」




三枝 蓊(さえぐさしげる)僧侶、勤王活動家。イギリス公使ハリー・パークス一行を襲撃し、拘束された。





1864年に英国人を殺害した鎌倉事件の主犯格とされる清水清次





1868年イギリス公使ハリー・パークス一行を襲撃 林田貞堅

林田さんは土佐の後藤象二郎斬られたそうじゃき。




ここまで来たら、おーい竜馬である。



左側が坂本竜馬らしーよ。




勝先生





中岡慎太郎




犬猿の仲であった薩摩藩長州藩同盟、徳川家を救った大政奉還、新政府体制の草案などを、何の後ろ盾も無い一浪士が成し遂げたと言うのは奇跡的偉業であった。

享年31歳。京都 近江屋で竜馬さんが討たれた時には、思わず込み上げてしまったぜよ。




蘇る幕末










そして最後に気になったのが、最後の将軍 徳川慶喜 260年握った政権を手放す時の「思い」はどんなもんだったんだろうな?と興味を持ったのだが、立場や、状況が複雑過ぎて、僕にはまったく解からなかったさ。



水戸黄門で有名な天下の将軍家、水戸家に生まれた。父親は攘夷派(幕府案反対)のビックネーム水戸斉昭



隠居後は趣味子作りに専念し、多くを病気で失ったが成人した子供が10男11女、慶喜さん本人は77歳まで生きたそうだよ。


これで一旦、幕末史は満足したので、今後は日露戦争、第二次世界大戦、戦後の混乱期へと読んでみようかな?どう?


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