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2013/05/01

Tulsa mode from Oklahoma




そして、ラリークラークさんの写真やで!


















































































Chloe Sevigny

ラリー映画のキッズに出てたクロエちゃん、かわいい!







ある時、プロのベーシストの人と話す機会があったので、「好きなミュージシャンは?」 と聞いたら、
「いかりや長介。あんなオリジナルなラインのベースを弾ける人は中々いないんだぜ!」 と、言ってた。




僕は、もう随分長いコト、民放のテレビを見てない。

せめてニュース位は見た方がいいとは思うんだけど、それも見てない。

別に気取っている訳じゃないんだよ。

理由はいくつかあるんだけど、その一つは、志村けんのせい。


老いた志村けんが見たくないのでござる。


僕は子供の頃、土曜の夜の八時にはテレビの前に集合してドリフに夢中になったキッズであった。

ドリフの大爆笑はなんと、1969年からスタートしたらしい。そして1985年、僕が小学3年生頃に終了した。

当時、学校の同級生達は、「ドリフは古い!今はひょうきん族だ!」 と言う意見が主流で、時勢であった。

実際に、北野武や明石家さんま、島田紳助らの大出世を考えると、正しい流れであったのかもしれないが、


しかし、僕はドリフがどーしても好きだった。今でもね。







そして、ある年代の人達に、E-YAZAWAが絶大な人気が有る様に、

僕にとって志村けんや、加藤茶はカリスマ的なヒーローで、


そんな志村が、白髪混じりのゲジゲジの眉毛で、ハゲ散らかした頭を晒し、猿と戯れながら、

「いやー、酒の飲み過ぎで、すっかりインポです。」

とでも言う様な情けない顔で、力無く笑う姿が見てられないんだよね。

ヒーローってのは死ぬ直前までカリスマ光を発し続ける義務があるんでやんすよ。






ドリフの大爆笑 脱走コント






志村けん - オカマのお医者さん






バカ兄弟(いかりや長介、中本工事) - 秘密ニセ札工場


バカ兄弟は最高に好きだった!

元々、数多あるバンドの中で個性を出す為、演奏の合間にコントを取り入れたのが、
お笑い芸でも有名になった切っ掛けであったそうだよ。


これでドリフターズはバンドだってトコが最高にかっこいいんだよね。




2013/04/25

Nuts Max






先月のHUGEって、そりゃもーお洒落な雑誌に、ラリークラークの特集が載ってた。





Larry Clark

ラリークラークは写真とか映画を作ってるおっさんで、

今時は、映画なんて映画館で上映するよりも、ネットで上映すればいいんじゃい!って、柔軟な姿勢があると思えば、

芸術性が下がるから、広告写真は絶対にやらねー。と、頑固な面も持っているみたい。







blink-182 - I Miss You







「ハリウッド映画は残念。」だとよく言われてるんだけど、何がそんなにダメなのかって言うと、ハリウッド式の映画作りが完全に分業化されているからだと聞いた事がある。 具体的に言うと、ハリウッドでは監督は現場で撮影の指示をするだけで、編集はカットマンがシーンの長さやカットの順序の決定権を持っており、効果音は音声担当が決める。ヨーロッパ映画やインディーズでは監督が全部やったりするので、当然ハリウッド物では監督の個性は出にくい。つまり誰が監督しても、一般ウケする編集やタイアップの音楽でまとめられるので、とても残念な仕上がりになる事が多い。 更に、ハリウッド映画の製作費ウン億円って金額の約半分は広告宣伝費である。つまり、商売と言う側面がとても大きいのが特徴と言える。 それでも面白いのは面白いんだけどね。






今月のクラッチマガジンには看板屋のNUTSさんの特集。

事務所の壁に「いつの時代でも一番いいものは、全て商業芸術だった」ってメモがあった。

芸術家の人達は必ず「芸術か?仕事か?」の壁にあたるそうである。



当然、商業芸術には、クライアントの要望があって、大衆に理解される事が目的だったりする。

純粋芸術は、自由テーマ、自由媒体を駆使し、それがどーした?だから何?と、自問自答し続ける事なのかな?





Nuts Art Works for Krafty

Nutsさんのデザインのかっこよさも然る事ながら、
Kraftyさんのワザと雑に扱ってヤレ感を出し、
看板の本来的な良さを引き立てている辺りも、ニクいですね!






辺見馨さん(現在はat last&co) * 西浦徹さん


やぱりHUGEで、5~6年くらい前だったと思うけど、テンダーロインってブランドの特集がやってた。

数ページに亘って、1ページ1枚のモノクロのファッション写真が掲載されてたんだけど、

その中の1枚の写真は、モデルの顔にだけピントが当たってて、服は全てボケボケであった。

モデルも有名人では無いから、もー何の広告にもならない感じなんだけど、凄い印象に残ってしまった。


それで何だか、あんな写真を採用するブランドの人にも魅力を感じて、

以来、まんまとテンダーのファンになった。



the tenderloin

高くて全然気軽に買えないんだけどね。







LouisVuitton と キースリチャーズ(ローリングストーンズ)




LouisVuitton と マドンナ






Dolce & Gabbana と やっぱりマドンナ




D&G






gucci




oh! gucci






chanel




not 2chanel






PRADA




or PRADA






FENDI




more FENDI





hermes




do U have some hermes?




I'v no hermes!


もはやプライスタグを見る気にもさせてくれないスーパーブランド。
しかし、さすが。 広告写真もスーパーかっこいいですね。


素人的な立場から言えば、センスの良い人が作れば、良いモノは良いと思う訳です。

なにせ芸術の目的は、つまらない世界を少しでもかっこよく、そして面白くする事が最も大事ですからね。






ラリーのおっさんだって、シュプリームのカレンダーやネイバーフッドのフォトTシャツをやってたしね。







遙かなる走路(1980)  監督:佐藤純彌  脚本:新藤兼人


それで、この間、テレビで何となく観た「遥かなる走路」って映画がまー凄かった。

内容は世界のトヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎さんの自伝的な話で、

もー、また失敗した!とか、コストがどー?とか、会社が潰れそー!だとか、そんな事は関係ねーようで、

研究や発明に対する純粋な考え方や情熱が、とても尋常では無くて感動した。

宇多田ヒカルさんの昔話で、

自分が子供の頃、藤圭子さんら両親が曲作りの過程で、

設備を揃える為に車など色々なものを売って資金繰りして

納得のいく仕事をしていたと言っていた。


少しでも好奇心のある人ならば、「人生のうち1度くらいは自分の人生を賭けて勝負したいぜ」

とか、思うと思うんだけど、とてもじゃないけど豊田さんの真似は出来ないな。

敬意を込めて、異常(Nuts)だと思ってしまいましたからね。




トヨタ モデルAA

自動車はただ走れば良いってんじゃなくて、芸術的に美しく。

60年代の日本製バイクは、アメリカ市場が無ければ開発コストが捻出出来なかったと聞いた事がある。

開発途上期の車やバイクは、どれも量産商品の域を遥かに超えた、情熱的な芸術品に見えますね。

素晴らしい。





2013/03/10

Smokey City
















UNICORN ft. 坂上二郎 - デーゲーム



僕は、ゴミ収集場の前を通る時、必ずゴミに目が行ってしまう。

一般的には知られていない法律だが、捨てられたゴミを拾う事は犯罪らしい。



カメラとか、ダッチワイフとか、思い出とか、お婆ちゃんとか、あらゆる物はゴミに成り得る訳で、

世の中には、トラックでゴミを拾ってリサイクル品として売って、ご飯を食べている人もいるんだよ。

ゴミ屋敷みたいな家が、何故、出来るのかは理解できないけどね。



好きが高じてって事では無いが、僕は20歳頃の夏、ゴミ収集屋でバイトをした事がある。

社員のおっさんや、じいさん達は、揃いも揃って器の大きい人達で、

例えば、ゴミ袋の中に未開封のポッキーの箱を見つけると、

まるで、道端で拾った10円玉をポケットに入れる様な気軽さで

「ラッキー♪」と言って口に入れ、僕にも「お一ついかが?」と勧めるのである。

あの日々は、カルチャーショックの連続であった。



ゴミ屋はどこでも人気者であった。特に生ゴミがね。

小学生達は鼻をつまみ、男達は顔をしかめ、おばちゃん達はうめき声を、

「うわっ、ゴミが来たよ、超くっせー!!」

と、駅の近くでは女子高生たちが黄色い声で声援をくれた。



生ゴミはトラックの中でいっぱいになると、圧縮されて、ぴゅーぴぃーと音をたて、

風船ゲームの様に膨らんで、爆弾のように破裂する。

何人もの仲間が被爆した。命が幾つあっても足りなかった。



炎天下、生ゴミを追いかけて走り続けると、

臭いと、汗と、恥と、高く青い空と、夏の雲とで、

時々、不思議な世界にトリップする事があった。



少しづつ気が遠くなって行き、今、自分が一体、何をしているのか分からなくなったりした。



ふと我に帰ると、まるで甲子園を目指していた高校球児の夏が終わった様な

ノスタルジックな気分になっちゃうのである。




多分、あの日々は、今の僕を形成する上で重要な経験であったのと同時に、

例えば青春とか、成功とか、王道とか、普遍的な愛とか、

あの意識の曖昧な生ゴミ・トリップの最中に、

そー言う決定的な何かを失って、既に敗北してしまっていたのかもしれないね♪










































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