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2014/07/08

The Meeting Place will be Staten Island



アンドリュー・カミンズ・Jr こと、ドゥルーピーと僕


年が近かった事とか、僕の「FUCK!」の発音が良かったせいか、アメリカ人の友達も出来た。

よくよく思い出すと、沖縄ライフの中では、ドゥルーとが一番長い付き合いの友達だった。








Walls of Jericho - Jaded








ドゥルーピーはNYっ子ぶってたが、シカゴ出身の田舎モンで、エミネムが大好きだった。

写真のこの部屋は、前のアパートを何故か追い出され、更なる自由を求めて離島に旅立ったジョージさんと別れ、

リッパと2人で住んでた那覇の裏松山地区の2軒目の我が家。


ドゥルーはこんなかわいい笑顔してるが、とんでもねー。

色んな奴をこの部屋に連れてきては酒を飲ませて泥酔させ、

寝込んだら財布から金を取る、歌舞伎町スタイルの悪い奴だったな。




左から、スパースター、ロレーン、ドゥルー、僕、リッパ、ダンテ


みんな普天間の米軍基地で働いてるマリーンズの奴らだった。

マリーンズとか、海兵隊とか言うと聞こえはいいが、

実際は、田舎で職探しに困ってる、学の無い貧乏人か、

軽犯罪でパクられて、服役するか?徴兵か?って選択でなる奴が殆どだって聞いた。






つまり、マリーンズはバカかクズばっかりなので、必然的にアメリカ人お断りの居酒屋とか、クラブとかは多い。

ところが裏技があって、アメリカンNGの店でも、日本人が同伴なら入れる事がある。

ドゥルーピーは、ずる賢い奴だったから、自分の遊び場を増やすって意図で、少し言葉が通じる僕に話しかけてきたんだと思う。

でも、人間関係の始まりは、多かれ少なかれそんなもんだよね。




こいつの名前は忘れたけど、ドラゴンボールがめっちゃ好きだって言ってた。
鳥山アキラは偉大だな。因みに僕はアラレちゃんの方が好きだけどね。
しかし、僕もこいつもすげーバカそうだな。


それで、僕はその頃、ネットでまだ規制前だった鑑賞用のマジック・マッシュルームを

グラム:450円で仕入れて、2500円で売るって商売をドゥルーをパートナーにして始めた。


ある時、常連の客が、

「実は俺たちMP (ミリタリーポリス) なんだ。」

って言った時は、おしっこ漏れそーだったな。






沖縄のコンビニとかスーパーでは米ドルが普通に使えた。だが、大半の店は¥オンリーだった。

マリーンズの給料日は月に2回、ドルで支給される。

北谷のショッピングモールにあった両替機はいつも人が並んでいた。


調子に乗った僕は、当時、1ドル:120円だったとこを、1ドル:100円で両替商法を始めた。

大体、50ドル単位で両替して、これが中々に、銀行が閉まる夜には結構繁盛したんだな。


当時は金持ち気分だったけど、財布に入ってんのが全財産だったから、大した事は無かったね。

因みに本業は17時から2時まで働いて、日当5~6千円の、最低賃金だったな。




ドゥルーとアイダ


アイダは雰囲気がワハハ本舗の柴田リエに似てたから、僕とリッパで、「シバタ」 ってあだ名で呼んでた。

本人も気に入って、「シバター! 私、シバタ!」 って言ってたな。






ドゥルーピーはカロリーナを口説くためにオカリナを練習してた。




カロリーナとドゥルー


まー、誰が聴いても下手だったけど、熱意が伝わったみたいだった。

ホントに、ふぴーひょろろー、みたいな感じで、下手だったんだけどなー、

女心って本当に、まったく分からないものですね。






りっぱも、「アレなら俺でもできるわー」

と言ってオカリナを吹きまくってたけど、誰にも熱意は伝わってなかったな。






この我が家2号店は、1DKで、前の我が家より狭かったが、千客万来だった。

オナニーなんか、絶対にできなかった。

更に、同居人に彼女が出来たんで、追い出されて家無き子になったヨッシーが、

僕のトコに来て、「はー、どーしよ、はぁー、どーしよ、」

って言うから、ついつい、「うるせーなー、いーから来いよ」 とか言ってまた1人増えた。


隣の部屋には老人夫婦が住んでいた。さぞかし迷惑だった事だろうな。

でーじ、わっさいびーん。






あんな汚ねー、ムードも糞もねー部屋で、よく盛り上がると思うんだけど、

時々、仕事から帰ってくると、ドゥルーがどこぞのビッチを我が家に連れ込んで寝てたりした。

それが決まってリッパの布団なんだよね。

リッパは、「くっそー、また俺の布団でよーこいつー」

「まだ、俺、この布団でやったことないのにー」






「あ、びーちく見えてる」

「ちくしょー、混ぜろやし」

とか、言いながら、ベタベタした台所の床で眠りにつくのであった。






この時は、リッパが沈没したドゥルーピーに、日頃の恨みを込めて枝豆地獄をお見舞いした。

しょーもないね。



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