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2014/08/08

The Frontal Lobes Max












Bird - Game













今日、飯を食ってたら、隣に座ってたスーツ姿のおっさんが、難しい顔して、携帯でゲームしてた。

任天堂からファミコンが発売されたのが1983年、それから31年経った今、そんな光景はさほど珍しくない。


しかし、あれなんだよ。

僕は、何故だかゲームにあまり興味が沸かなくて、殆どゲームをしていない。

たぶん、センスが無くて、下手だったからだろーな。

野球ゲームでコンピューターにボロ負けして、頭にきて、ソフトを窓から投げ捨てた事もある。


ゲームをやると、前頭葉の機能が低下して、記憶力が下がり、怒りっぽくなるって話を聞いたことがある。

その話に科学的根拠があんのかどーかは知らないが、

なにはともあれ、大人なのにゲームをやってる人がバカに見える。


それは例えば、子供のおもちゃで大人が本気で遊んでる様で、

それはもー、おっさんが、大人のお店で、赤ちゃんプレーしてる位の様子に見えるんだ。



そこで僕は、ハっとする。

スーツのおっさんから見れば、いい年した僕が若作りしてバイクに乗ってる姿はどう映ってんだろーか?



そして僕は我に帰る。

バイクに乗ってるヤツはみんなバカだ。

バイクに乗ってる僕が言うんだから間違いない。

しかも、古いバイクをピーキーチューンして、全開で走るヤツはマックスバカだ。

って事は、ゲーマーのバイク乗りで、赤ちゃんプレーヤーはマッドマックスだ。

こりゃあ、完敗だね。


ゲームは1日、1時間までよ♪



































2014/08/07

in Sickness & in Health
















YUKI - うれしくって抱きあうよ













時々、神の啓示を受信して、何かをやらかす奴がいる。

バカだよね。


人は多かれ少なかれ、自分の存在には意味があると思っているところがある。

まったく無いけどね。




僕は酒が飲めない。

しかたが無いから、ドラッグを片っ端からキメてみたけど、

運良く、常用するほどハマらなかった。



それでこー思った。

僕は前世でイスラム教圏に生き、何か大業を成す途中、

ご法度の大酒飲んで大失態をカマして死んだのである。

それから輪廻転生して、ミジンコ、羽虫、ゴキブリ、どぶねずみ、ブタと生きて、死んだ頃、

閻魔大王が僕に言う。「おら、ブタ、どーするよ?次、もっぺん人間やってみっか?」

僕は、ブーブー言いながら、「じゃあ、もっぺんヤラせろ、このやろー!」 と言う。

そして、一つお願いをした訳だ。


ブタの僕 「大王様よー、出来れば次は、酒の飲めねー体にしてくんろ!」

閻魔大王 「なんで?」

ブタの僕 「いや、なんとなくだけど、」

閻魔大王 「・・いいよー」


願いは叶ったみたいだが、今度は肝心の大業が見つからない。

次に生まれ変わる時には、やっぱり壮大な目的をくれ!とお願いしようと思うんだ。








ようこそ、千里浜



トライド



ドックランズ



ドックランズ



トライド



Mr.トイズマッコイ



スティーブ・マックイーン号



チェイニー号






2014/08/06

zasu





You will bike

君はバイクに乗れるんだろうね?



2014/08/02

I miss You. miss You.





アメリカ人も、日本人も、バカの考えることに、大差はない様で、

僕らはとーとー、みんなで赤いバンダナを巻くようになった。

100円ショップで買った安モンに、マーキーで名前とチーム名が記された。


トモは僕の名前で、チームの名前は 「ロスト・ソールズ」

ドゥルーピーが自信満々で考えてきた。 日本語訳は 「彷徨える魂s」


そぉ、鋭いあなたは、思っただろう、「それ、死んでんじゃん?」








Shareholder Tom - Send My Tears feat. Alison Degbe






だからって、銀行強盗し始めた訳でもないし、





ライバルや、抗争相手のチームがあった訳でもない、





ボーっとしてると、勝手に赤いバンダナを巻かれるのである。





僕達には何の目的も無かったから、ひたすら暇でしょーがなかったんだと思う。

そんな中で、些細な事件が起こった。起こしたのは写真の右端に写っているタイロン。

タイロンは我が家でみんなが寝静まった後、うっかり リッパの財布から金を取った。


すると、よっしーも、「俺はもー、3回も取られてます。」 と告白した。

「しかも、3回目は、起きてる目の前で、ドゥルーに取られました。」


この相談を受けた時、僕は安倍総理の気持ちが何となく分るような気分だった。

対等だと思いながらも、どこかでアメリカと日本の上下関係を当たり前に感じるところがある。


何はともあれ、僕らの 仲良しクラブ は崩壊し始めたんだ。





困った僕は、ドゥルーに話をして、タイロンを説教する事になった。

タイロンも自分がヘマをしたって事が分かっていたので、素直に反省していた。

本来なら、ここで一発くらいパンチするべきだったんだろうけど、

黒人はゴリラみたいで、間近で見ると怖ぇー。

アメリカが銃社会になったのは当然だと思ったな。


結局、金は使ってしまって無いってんで、

ティンバーランドのブーツでリッパに返すって事で手打ちになった。





ここは、我が家の近所にあったスラム・ジャムって名前のクラブ。

ステージにいるのは、最近、復活したらしい 餓鬼レンジャー かっこいい。


ここのクラブは、ライブイベントの時は日本人が沢山来るけど、普段はほぼ黒人しかいないトコだった。

家に帰るのに、どうしてもここの前を通らないといけないんだけど、

白人の友達と歩いてると、しょっちゅう、イカついニガー共に中指立てられた。

今時は、黒人の方が、白人を人種差別してるんじゃねーかって思う。


スラムには何回か行ったけど、フロアーでも、ビッチ同士が黒人男のことで殴りあいのケンカをしてたし、

勿論、黒人同士もよくケンカをしてた。それで時々、ケンカで人が死ぬんだけど、

不思議と新聞にもニュースにも載らなかった。

みんな知ってたけど、誰も大声では言わなかった。





ブライアンは確か30代の半ばくらいのアントニオ・バンデラスみたいな雰囲気のフーテン野朗だった。

こいつはイイ奴だけど、時々居酒屋で食い逃げするよーな胡散臭いトコもあった。


ある時、ドゥルーピーの親戚の子供が病気で死んだって悲報があり、みんなで悲しみを分かち合っていた時に、

「でも、お前らマリーンズの仕事は人殺しだろ?誰かが死んで悲しむのはおかしいじゃないか?」

と、とてもアメリカ人らしー事をサラッと言って、以来、ドゥルーピーとは犬猿の仲になった。





2001年、9月の11日、テレビに写ってる映像は映画か何かの様に思えた。

NYの貿易センタービルにハイジャックされた飛行機が突っ込む、誰もが分かりやすいテロ事件だった。

もしかしたら、日本人の僕らには海の向こうで起こる出来事は映画と変わらないのかもしれない。


しかし、ドゥルー達にとっては、とんでもない出来事だった。

ただ数年遊んで故郷に帰るバケーションの筈が、戦争モードに一変したのである。





美しさの欠片も無い日々だった。

全てが未熟で、何一つ深く考える事も無かった。

最初は、お互いを利用するようなゲスな間係で、友情なんか無かったと思う。


それなのに、ドゥルーがアフガンに出兵する前日、僕らは涙を流して別れを惜しんだ。

ドゥルーが僕に露店で買って、自分でつけていた安物のプレイボーイのペンダントと、

年毎に更新される、古いドックタグを僕に手渡し、 「アイ ミス ユー」 と言った。

僕はそれが男には使わない言葉だと思っていたので、

「お前、ガチホモかよ?」 と言って、2人で笑って、そしてまた涙が溢れた。

それがドゥルーとの今生の別れとなった。





アメリカはウサマ・ビン・ラディンを標的にして、集団的自衛権を発動し、NATO軍を展開して戦争を始めた。

沖縄にいたマリーンズの連中も、少しづつアフガニスタンに向けて出兵して行った。


結果、NATO軍が傭兵を含めて3500人ほど死に、29000人が負傷した。

アフガニスタン軍は10000人、民間人が20000人ほど死んだ。

でも、それらのすべては、アメリカの自作自演の茶番劇であったのだと言う人がいる。

それが事実なら、救いが無い話だ。

バカとクズと貧乏人と、貧しい国の人達が、茶番の為に殺された。





最近、日本でも、集団的自衛権の話が出ている。

どうやら、日本が、中国に対するアメリカの第一防衛ラインになるって事らしい。

国同士の利権で、いつも死ぬのはバカとクズと、貧乏人なんだ。嫌になるね。





気が付けば、また僕の嫌いな夏がきた。


これで、思い出のお話は終わり。

Send My Tears Away!!!



2014/07/30

Flower Flower Flower





彼の名前はなんだったかな?

1人の人が、一生の内に少しでも関係を持つ人の数は、平均で3000人から5000人ほどらしい。

毎日、一緒に働いてたのに、すっかり忘れてしまった人や、

はたまた、たったの1日、数時間を共有しただけなのに、

色鮮やかに、とても印象に残っている人もいる。


歳を取る毎に、時々、とても、人と話すのが面倒になる時がある。

はじめまして、ごきげんよー、さようなら。


ある時、親しい人が、こんな事を言った。

出会った人の全てと、別かれたくない。と、

出来れば、それはきっと、素晴らしい事なんだろうと思う。








Ramsey Lewis - Spring High







メアリーはアメリカ人で、この那覇ミュージックのオーナーでボスだった。

きっと若い頃は美人だったんだろうな。

この写真を撮った時は私の方が背が高いのは嫌!

と言ってヒールを脱いで僕に背伸びをさせた。

そんなかわいい時もあれば、

仕事の時はイケイケで、時々、団体の客が暴れたりすると、

「キル ゼム オール (全員、ぶちころせ)」

とか言って、悪い顔をしてた。

そいで時々、ボス メアリーに会いに、ヤクザのおっちゃんが来たり、

警察の偉そうな奴が来たり、マリーンズの将校が嫁を連れて来てたりした。


でもゴキブリが苦手で、ブリちゃんが出現すると、

椅子をぶん投げて、外まで走って逃げていったな。





ボス・メアリーは日本語をまったく話さなかったし、覚える気も無いように思えた。

何故、こんな典型的なアメリカ人が、こんな辺鄙なところで、

こんなアホみたいな商売をする事になったのか、

僕はある時、英語の辞書とスクリーンプレイを片手に聞いてみた。





メアリーは学生時代、薬局でバイトをしながら、科学を勉強して、

エクスタシーの様なオリジナルの錠剤を練って、売ってたインテリ不良少女だったそうだ。

それで、お年頃の頃、名前は教えてくれなかったけど、モータウンのミュージシャンと結婚した。

結婚生活は数年続いて、離婚したんだけど、旦那が売れっ子だったんで、慰謝料がタンマリ貰えたそうだ。





手に余る程の金があったメアリーは、フラりと旅行に出かけ、数カ国目で沖縄に滞在した。

そしてそこで、怪しい日本人の男と知り合った。


日本男児には全国のストリップ劇場とコネクションがあって、

メアリーには金があったので、こりゃチャンス!と思い、ビジネスを始める事になった。

メアリーは、その日本男児と2度目の結婚をした。


商売は男に任せ、メアリーは一時帰国した。

しかし、数ヶ月経っても、1年経っても約束の売り上げ金は口座に振り込まれなかった。

おー、ビック・ミステイク、と気が付いたメアリーが沖縄に戻ると、

旦那は仕事もせず、1千万程の有り金の殆どを酒に変えて飲みまくり、体を壊して入院していた。

呆れたボス・メアリーは、無くした金を取り戻すべく、仕方なく沖縄に移住した。

満足する金を回収するには、10年近くかかるって言ってた。


メアリーは時々、ボーナスや、大入り手当てを配りながら僕らに

「キープ イン タッチ (ぜってー使うな)」 と、言った。

当然、若くて貧乏な僕らは、すぐに金を使ってしまうんだけど、

今でも、大きな金を使う時には、メアリーの 「キーピン・タッチ」 の声が聞こえるんだ。





この人は、耳の聞こえない おっちゃん だった。だから名前は知らない。

うまく説明できないんだけど、常連客のおっさんなんてのは、

殆どが、クソでクズで、ゲスで、ゲロみたいな人間なんだけど、

このおっちゃんだけは、なんだか、妖精みたいな雰囲気があって、

いつも眠たそうで、寂しそうで、本当に上手く言えないんだけど、

僕はこのおっちゃんが好きだったな。





フロイドさんは従業員のアメリカ人のじいさんだった。

気さくで、ファンキーで、白人としては普通なのかもしれないけど、変態だった。

「東南アジアの女が一番エロいわー」

とか言って、僕が聞いてもいないのに、時々、世界の女の事を話て聞かされた。


僕は営業中、客ウケがいいので、店ではDJ気取りでギャングスタ・ヒップホップをよくかけていた。

そして、何度かフロイドさんに「うるせーいいかげんにしろや!」 と怒られた。


「いいか、よく聞け、ギャングスタラップの歌詞の内容は、

セックスとバイオレンス、ドラッグ、そんなのばかりだ

アメリカでは、こんな曲を聴いて、若者が更に暴力を起こすんだ。」


うーん、僕は、面倒なじーさんだなと思いながら、

それじゃあと、美メロで、スローなヒップホップを流したら、

「警察を殺せ!隣町のギャングをボコれ!女をレイプしろ!って歌ってるぞ!おい止めろ!」

と、また怒られてウンザリしたんだけど、今は彼が言っていた事が正しいと分かる。





しかし、ある時、フロイドさんが僕のトコに寄ってきて、

「これ、めっちゃイイ曲だな、誰の曲?」 って聞くから、

「ライオネルリッチーやで。」 って教えてやったら、

「マジか?あのニガーのか?・・・そうかー。」 とショックを受けていた。

そー、フロイドさんはWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)で、

ただ単に、黒人が嫌いだっただけなんだよ。





那覇ミュージックの日当は5千円だったけど、半分遊んでるような仕事だった。

営業中に店の入り口で、床屋ごっこしてても、まったく怒られなかった。





市村茂平さんは群馬出身のおっさんで、名義人で店長で、

ボス・メアリーの旦那と酒を飲みまくってた人だから、

この頃はもう、糖尿病の末期で、目は黄色く濁り、

糞尿はすぐ垂れるし、時々、吐血もしてた。


「病院行った方がいいんじゃないっすか?」 ってアホな事言ったら、

「俺は、医者と警察は大嫌いなんだ。」 と返された。


ある時、悪酔いした客の首を絞めていたら、市村さんが珍しく出てきて仲裁に入り、

「まぁまぁ、お客さん、落ち着いてー」 なんて優しく言った。

したら、アホな客が 「なんだー、このやろー警察呼ぶぞー」 なんて言ったもんだから、

さぁ大変、市村さんの顔が大魔神みたいに変わって、客をボコボコ蹴りながら

「今すぐ呼んで来いこのやろー」 とシャウトしてた。

いつも、ウンコ臭かったけど、かっこいい人だったな。




池田大作


僕は無神論者で、誰かの作った宗教を信じるほど、素直な性格ではない。

だからと言って、新興宗教や、あらゆる宗教を信仰する人を否定もしない。

何故なら、宗教を信じる末端の人々は、心配になる程のお人好しばかりだからね。





失恋して失踪したジェフが姿を現した後、店の前でドゥルーピー達とジェフの噂話をしていた。

「あいつ、ブッディストになったらしーよ、創価学会ってゆーさ、」

すると、その日も、調子が良かったみたいで、市村さんが出てきて 「えっ?」 と言い、


「俺もだ!創価学会はナンバーワンだ!」 とふんぞり返った。


たまげた顔した僕らに気が付いて、市村さんは、少し下を向いて、

「まぁ、宗教がどーとか、教えがどーなんて話はわかんねーけどさ、

こんな俺でも迎え入れてくれたんだ、創価学会は大したもんだよ。」

と、言って事務所に引き返して行った。

確かにそーかもしれないね。





ある時、市村さんが言った。

「実は何度か病院に行ったことがあるんだ、でも、医者はみんな偉そうにしやがるだろ?

その度に、ケンカになっちゃうんだ、いつも、何度も、怒りで我を忘れるんだ、自分が嫌になるよ。」

そう言った市村さんは、医者の顔を思い出したのか、空を睨み、

その日も、仕事の終わったあと、酒を飲みに出かけていった。


市村さんの酒を飲む時の乾杯の声は、八重山スタイルで、

決まって、とびきりの笑顔で 「はなはなはな!」 だったな。



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