Tommy Guerrero - Little Blue
Colt 45
アイスでも食おうかとデリに入った。
暇そうな店の親父が僕にどこから来たと聞いたので、
日本からだと答えた。
隣の黒人のじいさんに「こいつはハポネスだとさ」と伝えると
じいさんは興味無さそうに「あっそ」とだけ答えてそっぽを向いた。
幸運の女神には前髪しか無いとか
それに似た諺が色んな国にある。
あの時こうしていればと後悔しても後の祭りなのだ。
20年くらい前の日本ではバックパッカーがブームだった
20代前後のフリーターが最低限の旅行資金をバイトで貯めては
物価の安いタイやインドなどの東南アジアを
バックパック1つとビーチサンダルで旅するやつだ。
ケルアックのオンザロードや
トレインスポッティングのダニーボイルが監督した
レオナルドデカプリオ主演のビーチって映画もヒットしてて
反体制主義としてテレビを見ない事や、
アンチ資本主義の思想による消費を最小限にする生活はこの頃に身に着いた
ただ僕はその頃沖縄にいたので、
アジアを周って台湾からフェリーで沖縄に帰って来る人達に沢山出会った
それらの人達の話はとても面白くエキサイティングだったんだけど
出会い過ぎて、何だか流行り過ぎたモノに思えたんだと思う。
オレはいいや、
今はよそう、
いつかそのうち気が向いたら、
と思っていた。あれから20年以上経って円の価値は随分と下がり
今や日本からタイへ行く日本人の旅行者数よりも
タイから日本に来るタイ人の旅行者数の方が多くなったそうだ。
気が付けば歌舞伎町の治安も景色もつまらないものになっている。
アジアのスラムも年々姿を消していることだろう。
あの頃は時間が無限と思えるほどあったのに
深く考えずに旅立たなかった事をやっと後悔している。
後はコロナ禍の間に株を買っときゃよかったなとかね。
しかし適当な旅だったな
帰りもアムトラックに乗った。
帰りの列車の乗務員は
ハロウィンのお化けカボチャの様なお尻の黒人のおばちゃんが2人で
大きい声で会話を交わしてはぶひゃひゃひゃひゃと笑っていた。
1人のカボチャの乗務員が言った「なんか暑いね。」
そこからNYに着くまでの27時間は最悪だった。
10月なのに冷房がガンガンに吹き出して
僕は暖を取る為にビールをがぶ飲み
寒さのあまり隣の席のおっさんに抱きつこうかと本気で思ったくらいだ。
いい思い出になったよね